都合のいい解釈をやめれば聴き上手になる

いつもありがとうございます。

車内アナウンスの「新橋」が「シンパシー」に聞こえてしまう、岩松正史です。

「死にたいです」といわれたときに
「死にたい」の意味を勝手に解釈してしまう人がいる。

・「死にたいといいながらも、わざわざ相談をして聴いているわけだから、本当は生きたい人なんだ!」
・「死にたいと人に言うのは構ってほしいからだから、本当は死ぬ気はない!」

でも・・・

死にたいといって、本当に命を絶った人を知っている。

実際に死んでしまったあと、
解釈に「失敗」した人たちの後悔のしかたも様々になる。

本当は生きたい人なんだ!と
決め付けた人の後悔の仕方は、
生きたかったのに助けてあげられなかったことへの
無力感になる。

死にたいという人は死なない!と
たかをくくっていた人の後悔は、
相手のネガティブな本心を聞き出せなかった
自分の察知能力とコミュニケーション力の稚拙さへの後悔となる。

このように、

「死にたい」という表現一つとってみても
解釈の仕方が変われば、反省の仕方も
人それぞれさまざま変わってくる。

しかし、

解釈も後悔の仕方もさまざまだけれど
一つだけどんな場合でも共通していることがある。

それは、

解釈の仕方も後悔の仕方もそれを生み出しているものは
援助力の優劣でもなく、
察知能力やコミュニケーション力の高低でもなく

ましてや、

死んでいった人の表現力の問題でもなく、

唯一、聴き手自身の中にある

「準拠枠(じゅんきょうわく)が生み出しているものである」

ということ。

・・・

準拠枠とはひらたくいえばその人独自の
価値観、強く反応するもの、興味深く感じさせるもの
・・・などのことです。

準拠枠を「個性」と呼んでもいいでしょう。

とにかく

「受け止め方を決めているその人の中にある何か」、
それが準拠枠です。

人は自分の準拠枠を通して無意識に、
なんでも都合の良いように解釈をしています。

でもそれが、自分の勝手な解釈だとは気づけないのです。

常識的に考えているくらい位にしか思えません。

相手の気持ちを理解するとは、
推測することでもなければ、
本心を引っ張り出すことでもありません。

「相手が何を発信しているか」をつかみとろうとするより、
「自分の中の準拠枠がどのように反応するのか」
の方をしっかり分かっていなければ、
相手の気持ちの理解の仕方をみあやまります。

相手のことがちゃんとわからない原因は、
相手がちゃんとはなせていないからというよりも、
それを理解する自分の方に問題があるのです。

相手は素直に気持ちを発信しているのに、
あなたの中に入ってきたとたんに違う色と形に変換されているのです。

相手のことをよく知りたいと思うなら、
まず自分の中の準拠枠がどのように反応するのか(しないのか)
自分のことをよく知っていなければ他者の理解など到底できません。

人を知りたいなら、まず自分から。

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<<編集後記>>

きのうから今年最後の大阪です。

せっかくなので、お気に入りの
牛タンステーキ屋さんで食べ収め。

お店にって店員さんに

「今日あります?」

とたずねるだけで

「ありますよよ」

とそれが牛タンの在庫への質問
であることがすぐに分かってもらえます(笑)。

そして、

仕事始め最初の講座もなぜか大阪から。

年明け早々に牛タンの食べ初めもできそうです(笑)。

きょうは夕方まで大阪で勉強会を開催してから東京に帰ります。

今日もいい一日をお過ごしください!




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■傾聴の参考になる動画
心理学的な傾聴の説明をゆっくり学べます
→ 諸富祥彦の傾聴のねっこ(動画)