「ご理解」はお願いしない

いつもありがとうございます。

最近、怒ることがめっきり減った、岩松正史です。

東京駅の構内を歩いていると
ときどきアナウンスが流れる。

先日こんな放送があった。

「やまびこ●●号は都合により車内販売がございません。
ご不便をおかけいたしますが、
ご理解のほどよろしくお願いいたします。」

特に悪気がなく聞こえるこの台詞に
違和感を覚えた。

どこにか???

「ご理解のほどよろしくお願いいたします」。

こちらにはどうしようもないと
決まっていることに
理解を求められても困る気がした。

ないと決まっているのなら
理解しようがしなかろうが
受け入れざるを得ない。

受け入れざるを得ないことに
わざわざ理解を求めることに
いったい何の意味があるのだろうか?

もし、

その電車の車内でお弁当を買いたいと
思っている人がいたとしたら
理解をしてもどうにかなるわけではない。

残念とことしか出来ない。

何を理解すれば良いのか?

そんな疑問が沸いた。

そして、

「理解しろ」というセリフに
若干ネガティブな印象を受けるのは

きっと、

「理解しろ」=「不満を持つな」「文句を言うな」

に若干聴こえるからだろう。

悪気はないと頭でわかっても
どこかそんなニュアンスを感じ取ってしまうのは
私だけだろうか。

理解を求められれば頭ではわかる。

でも感情はわからない。

事実を変えることもできない。

そんな時は理解など求めず素直に、

「申し訳ございません。(まる)」

で止めたほうが潔よくすがすがしい気がする。

あるいは、

「弁当販売はございません」
と事実を伝えそのあとに、
お客さんが困らないように

「事前に駅構内〇〇でお弁当などをお買い求めいただけます」

と、代替案を提案するくらいの方が
親切ではないだろうかと思う。

そう・・・。

いまこれを書いていてわかった。

「ご理解のほどよろしくお願いします」

には「愛」がない。

「親切」がない。

都合を受け入れるように
促されているだけだからザラつく。

そもそも理解というのは
お願いしてしてもらうものではなくて
その人の中から湧き出てくるものだろう。

こんな細かいことをいちいち
気にする人がどれぐらいいるかは知らない。

でも一見優し目に発せられた言葉の中に
保身が感じ取れてしまうとうことは
誰でも時々あるのではないだろうか。

こういうつまらない言葉づかいから
クレームが始まってしまったりする。

そして優しっぽいけれど
自己保身的な言葉の一番厄介な点は、
「悪気がない」ことだろう。

言っている本人が無意識だから
何がおかしいのかわからない。

自分の中にある無意識の防衛本能に
自分で気づくというのは
なかなかムズカシイ。

でも丁寧っぽいけれども
相手目線ではない愛も親切もない言葉というのは、
日常生活で結構使われている気がする。

いかがでしょうか?

これをお読みいただいているあなたは
悪気がない相手の言葉に
引っかかった経験はありますか?

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<<編集後記>>

きのうは一日、秋から始まる講座の
募集の準備をしていまいた。

昔は誰も期待もしてくれていなかったのが
いまでは心待ちにしてくれている人がいるのは
ありがたい限りです。

当初東京のだった予定ですが、
先月大阪に行ったときに熱望されて
大阪開催もすることにしました。

実際どれくらいの方がいらっしゃるかは
やってみないと分かりませんが、
期待に応えられるように
出来るだけのことはしていくつもりです。

今日は都内で研修。

張り切ってまいりましょう。

今日もいい一日をお過ごしください!




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■傾聴の参考になる動画
心理学的な傾聴の説明をゆっくり学べます
→ 諸富祥彦の傾聴のねっこ(動画)