引っかかる

いつもありがとうございます。

電源カフェ探しに余念がない、岩松正史です。

・・・

電車の改札というのはときどき意地悪で
両方からは入れるやヤツつがある。

JRの改札を出ようとしたら
向かいから来た女性がタッチの差で
先に通ってしまい私は引っかかってしまった。

そのあと乗り継ぎのため、
JRの改札を出てすぐのところにある
地下鉄の改札に入ろうとした。

私の前を中年男性が、
同じ改札に向かって歩いていた。

すると今度は中年男性が
改札にICカードをタッチした瞬間に、
なぜかカードをポロリと落としてしまった。

中年男性は、立ち止まって
カードを拾っていた。

すぐ後ろにいた私は入れず、
入場も引っかかってしまった。

「引っかかる」のは楽しいことでも、
嬉しいことでもない。

では、引っかからないように
日々努力するのがいいのだろうか?

私は違うと思う。

引っかかるたびに何でもかんでも気にして、
原因を突き止めて、改善しようとしていたら
くたびれてしまう。

引っかかっても

「こんなこともある」

と割り切って、流していいのではないだろうか?

・・・

人は引っかかりを感じるとつい
そこに引っ張られてしまい
立ち止まりこだわり始めたりする。

でも、改札の出入り口では
いつでも偶発的に引っかかりが
発生する可能性があるのと同様に、

人生においても、偶発的な引っかかりは
いつでも簡単に起こる。

その一つ一つに全部に立ち止まる必要はない。

引っかかったのは「事実」でも、
それを気にするかどうか決めるのは自分。

事実だけ認め、スルーしても構わない。

引っかかりがあってもこんなこともあるといって
流してしまう方が楽なら、それでもいい。

たしかに引っかかりに気づくことは
自己理解につながる。

でも、気づいたことのすべてを
問題にする必要はない。

その引っかかりは、本当に処理する必要があるのか?

一度考えてみよう。

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