イヤなことも感謝も忘れる

飯田橋で傾聴講座を夜までしたあと、
翌日東京の西の方で講演会があるため、
そのまま電車で西に向かった。

会場から数駅離れたところに、
うちの実家があるので実家に泊まることにしたのです。

普段の帰路とは違う、ラッシュ時間と微妙に重なった
中央線の快速電車に揺られて・・・。

新宿を数駅過ぎたあたりで座ることができたので、
慣れない電車にもかかわらず、
うたたねをしていました。

しばらくたって、ふと目を覚まし、
車内の液晶パネルを見ると・・・、

まだ、半分くらいしか進んでいません(汗)。

「遠い・・・」

都内の人でも聞きなれない、
東京を走る「青梅線」の奥までいかないといけないのに、
国分寺を過ぎたころには、
ひと眠りも済んで、飽きてきてしまいました。

地図上で見ると、たいして変わらないのに、
普段飯田橋まで通っている自宅がある横浜からの方が
はるかに近く感じます。

「この違いはなんだろう???」

考えてみると、
飯田橋から自宅の最寄り駅までは7駅、
今向かおうとしているところまでは30駅。

距離は変わらないけれど、
あいだにある駅の数がまったく違うのでした。

「遅いわけだ」と納得。

いまの家は職場に近くて
ありがたいと再認識したのでした。

ところが、

思い返してみると、結婚当初、
29歳から31歳までの2年間、
私は今から向かおうとしている実家のさらに
一つ奥の駅から毎日、飯田橋よりさらに遠い
神田まで通っていたのでした。

ほんとうに、やすみなくほぼ毎日。

そのときは、通勤電車より仕事のほうが苦痛すぎて
電車が遅いことすら感じる余裕がなかったのかもしれません。

事実私は、仕事がつらかった記憶は鮮明に残っていても、
通勤電車のつらさなど1ミリも覚えておらず、
忘れていたのですから。

逆に言えば今は、
「電車にストレスを感じられるくらい余裕がある」
とも言えます。

今日この電車に乗っていなければ、
今ある日々の生活が恵まれていることに
感謝を思い出すこともできなかったでしょう。

とにかく人は
感謝も忘れるし苦労も忘れる、
とても便利な生き物です。

忘れられるからこそ、いい意味でも悪い意味でも
今日を平穏に生きることができるのですから。

「忘れることは素晴らしい」

そして、ときどき思い出せるということも素晴らしい。

思い出せるということは、忘れたつもりでも、
体のどこかに保管されていて、
残っているから思い出すことができるのでしょう。

毎日覚えていれば慣れてしまいますが、
ときどき思い出せるからこそ、感謝が深まります。

それは「忘れた」からこそなせるワザです。

「悪いことを忘れるのにも意味がある」

「感謝を忘れるのにも意味がある」

世の中に意味がないことは一つもない。

そう思うと、忘れることは
決して悪いことじゃないと思えたのでした。

忘れることは人間に与えられた素晴らしい能力です。

人間とはなんと精密にできているのかと、
忘れていた自分に感動を覚えます。

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