傾聴は映画によく似ている

いつもありがとうございます。

子供の頃、隠し事をしているときよく、

恐竜に食べられる夢を見て目が覚めた、岩松正史です。

”受容、共感を理解するには、映画に置きかえて考えてみるといい”

私は、

・受容→「無条件の積極的関心」

・共感→「共感的理解」

がいいと、いまのところ思っている。

受容に関して

以前のBLOG(http://bit.ly/2nBIZy0)で

よく心理学の専門書に出てくる

「無条件の肯定的配慮」の

「肯定」と「配慮」のニュアンスが、

本来伝えたいことと

違うのではないかと思い

違和感があると書いた。

それより、

「無条件の積極的関心」

の方がよりピッタリくると思う。

・・・

それを映画に例えてみましょう。

映画を見るときというのは、

「作品が私に何かを感じさせてくれればいい」

と期待はしても、

「映画を肯定しよう」

と思って見ている人はいない。

(いたら変人ですね)

「積極的見よう」

「楽しどころに期待する」

「見たことがない世界に入りこみたい」

と思うだけ。

映画を見るときに

「配慮」しながら見ることもしない。

本当は面白くないのに、

「せっかく作ってくれた映画だから、面白いと思ってあげよう」

なんて配慮はしない。

映画が表現しているものを素直に受けとり、

そこから興味と関心がわけば、

映画の作者が言わんとしている、

(全部とは言わなくても)

ある程度の部分を共有できる。

映画や作者に、

配慮すべきものなど一つもない。

だから受容も、

無条件の肯定的配慮より、

無条件の積極的関心の方が

ぴったりだと思う。

また、

共感より「共感的理解」の方がしっくりくる。

共感は映画に出てくる

役者さんを想像すると分かりやすい。

役者さんは、

役になり切ってはいるけれど、

100%映画の登場人物そのものではない。

その場限でのなりきりに過ぎない。

そのことは本人も十分にわかっている。

役とまったく同じ人物になっているのではなくて、

「同じ的」に理解しようとしているだろうし、

「同じ的」に理解できた程度に演じている。

役に入り込んだ状態を「共感できた」

と言えなくもないけれど、

でも、いつもどこかに多少は

「役になり切ろうとしている自分」

を感じていることは間違いない。

だから、

ただ「共感」というと、

「共感した」という出来上がった状態や

「共感を示そう」と、

すでに自分に共感を提供するスキルが

あるかのように誤解される表現のように思う。

それよりは

「共感的に理解しようとしている」

という、まさに現在進行形の

プロセスというニュアンスがしっくりくる。

当然、その中で共感できた(完了形)と

思うこともあるとは思うが、

完了形がすべてではない。

傾聴で言うなら、むしろ

「分かろうとするプロセス」

が重要だと伝わるのがいいと思う。

だから

共感より「共感的理解」がしっくりくる。

・・・

また、

傾聴全体を映画全体に例えてみてもいい。

観客はあくまで観客であり、

映画の登場人物そのものではないことを、

しっかり自覚している。

でも、だからと言って

映画に対して何も感じないわけでもないし、

よそよそしいわけでもない。

(よそよそしくなろうと思えばなれるけれど…)

共感とは「客観性」のことだというと、

「相手と同じになることじゃないんですか?」

と混乱する人がいる。

スクリーンと自分の間に、

明確な境界線がある。

しかし、だからと言って

感情移入的に理解できないか?

と言えばそんなことはない。

映画登場人物と自分の立場は、

まったく違っていても

相手を理解しようとすることもできる。

相手のことを「相手ごととして」

心から理解しようとし、

何かを感じることができる。

もし観客であるはずのあなたが、

ジュラシックパークの登場人物に

なってしまったどうだろう???

臨場感は満点だろうが、

自分も食べられてしまうかも

と思ったら、ヒロインを

助けに行ける余裕などないはず。

つまり

寄りそうことも助けることもできない。

いわゆる「巻き込まれた」状態になってしまう。

同居人ではなく、よき隣人だからこそ

困った人を本気で助けに行ける。

だから傾聴は、

相手の感情と自分の感情を

しっかり分けたほうが、

ちゃんと相手の気持ちを理解できる。

「客観的に」でも「相手ごととして本気で」

わかろうとするから支援ができる。

自分の聴き方に迷ったら、

映画の登場人物になっていないか

見直してみよう。

そして、

ちゃんと、観客席にもどりましょう。

【この言葉を自分に言ってみよう!】

「出来事を映画のように理解するのではなく、その場に身をいている相手の心情として理解する」

映画は、斜に構えて見ても

楽しくないし、得るものもありません。

内容を分析して頭で考えて見ても、自己満足だけ。

・・・やはり、傾聴に似ています。

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