便利な言葉

いつもありがとうございます。

12歳の娘から「お金もっと欲しい!」とよくせがまれます。

そのときは「お父さんも!」と言って毎回、逃げます。

自分を守る言葉をたくさん持っている、岩松正史です。

便利な言葉は、誰にとって便利なのか?がとても大事

子供の頃、母が

「夕ご飯何を食べたい?」

と訊いてきて、

「別に何でもいい」

と答えたら

「じゃあ、簡単だからカレーにするね」

とよく言っていた。

子どもながらに

「カレーというのは便利な食べ物だな」

と思った。

・・・

スーパーに売っている魚で煮つけを作るなら

どの種類の魚を使おうか?

ブリの煮つけもいいけれど

外国産の冷凍もあり、

意外と簡単に手に入って

便利でおいしいのが「カレイ」。

でも、似た魚の「ヒラメ」は

高級料理店で出てくるけれど、

スーパーではあまり目にすることがない。

庶民にはヒラメより、

「カレイの方が便利な魚だな」

と思う。

・・・

1年くらい前に、右の足の親指だけ

カサつきが治まらず、

水虫かも?と思い皮膚科の病院に行った。

すると、皮膚組織の検査を終えた

医師からこう言われた。

「水虫ではないですね。ただの加齢です」

病気ではなく、加齢とは・・・。

なんか加齢と言われると、なんでも

あきらめなければいけない気分になる。

「加齢という言葉は、便利な言葉だな」

と思った。

・・・

いろんな意味で「か・れ・い」というのは便利だと思う。

でも、カレーはお腹を満腹にできるし、

カレイも食卓に彩りを添えてくれるけれど、

「加齢ですね」だけは言葉としては便利でも、

何も問題を解決してくれなかった。

便利でも、言葉だけだと何も解決にならない。

そういう言葉は他にもありそうだ。

・・・

先日、最近家族の自死を経験した

自死遺族の方によるミニ講演会に出席した。

その場にいた全員が真摯に耳を傾けていた。

講演か終了し、休憩時間になった時のこと。

講師役を終えた自死遺族である先生が、

私の目を通り過ぎようとした。

そこに一人の参加者だった女性が

突然、(自死遺族である)先生に声をかけた。

「ご飯はちゃんと食べてますか?」

先生より人生の先輩の女性だった。

「は、はい。食べられています。」

突然の問いかけに、講師の先生は答えた。

すると、質問をした人生の先輩は、

その答えを聞いてこう付け加えた。

「だったら、大丈夫よ」。

自死遺族の方は「は、はい・・・」と答えて、

その場は終わった。

その場面を目の当たりして、

私の脳裏にある場面がフラッシュバックした。

その場面とは・・・。

別の機会で大昔に出会った、

病気でお子さんをなくされたお母さんの話。

そのお母さんはこう言った。

「なんか、家でご飯食べているときに、ふと私だけ元気にご飯食べていいのかな・・・と、罪悪感を覚えるときがあるんです・・・」。

と言っていた場面が思い起こされた。

ふと我に返り、

「ご飯を食べれているから、大丈夫なんてことはないよな」

と思った。

でも、

「ご飯を食べられているなら、大丈夫よ」

と言われてしまったら、

それ以上、何と答えていいのだろうか?

「は、はい」と答えるしかない。

その問いかけに果たして、

意味があったのだろうか?

疑問。

声かけしたほうは、親切を

伝えたかっただけでしょう。

その時かける言葉として、

「頑張ってね」や「頑張ってるね」

はさすがに、何かが違うと

直感的に判断したのかもしれない。

でも、

「ご飯を食べられているなら大丈夫よ」

ということを、

本当に伝えたかったのだろうか?

自分の心に誠実だろうか?

・・・

人は、心が動いたら何かを言いたくなる。

でも、言いたくなったら、

必ずそれをうまく表現できるとは限らない。

あるいは、こういう人もいる。

自分ではその時、精いっぱいの表現をしたつもりでも

あとから急に、

「あのときの発言は適切ではなかった」

と後悔することもある。

これは、気づいたパターン。

でも、相手が傷ついていても

気づかずにそのままになっている

ということもあるだろう。

何が不適切で、何が不適切か

明確な基準はない。

でも、

とっさに思いついた「便利な言葉」というのは

それを言いたくなった

自分にとって便利でも、

言われた方には、何の支えにも

なっていないかったりする現実がある。

・・・

たまたまそのあと、声をかけられた

講師をした自死遺族の女性と話す機会があった。

せっかくなので、あの

人生の先輩からの言葉を

どう受け止めたのか訊いてみた。

「親切で励まして言ってくれてるのでしょうがないですよね・・・、でも正直ちょっと驚きました」

だそうだ。

出てしまった言葉はただの結果。

あとから責められるものではない。

親切心も本物。

でも、

責められるものではないからと言って、

ツラい方の人から許してもらっているようでは

少し寂しすぎる気がした。

・・・

「加齢ですね」

という言葉も何も問題を

解決してくれない言葉だったけれども、

「大丈夫」

という言葉も何も

問題を解決していない言葉だった。

【この言葉を自分に言ってみよう!】

「便利な言葉は、意外と危険」

私自身、いったいいままでに

親切で言った言葉で何人の人を

傷つけてきたのだろう・・・。

そして、もしかしたら今もなお

誰かを親切で傷つけているかも知れない。

そう思ったら少し自分にゾッとした。

・・・

いまこれを書きながら思った。

丁度あすから年が変わる。

来年からは、親切で人を傷つけない

自分に近づきたいと決意しよう。

でも、まだ具体的どうしてよいかは

よくわからない・・・。

<お知らせ>

「自死で家族をなくした遺族のとの接し方」講演会

1月26日京橋(東京)
 ↓
http://bit.ly/2Dvl4Y7

 



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