あきらめるには

人と自分の境遇や、能力の違いを比べて

イヤになることがある。

いまでもあるけれど、

10年前はもっと酷かった。

・・・

小学生の頃は、

野球やスポーツ全般が得意な人と自分を比べる。

中学生の頃は、

兄の同時期の成績と自分を比べる。

高校生の頃は、

間違って進学校など行ってしまったため、

クラスメイトの成績と自分を比べる。

大学生になると、スポーツなどで

社会で活躍する同世代が出てくる。

他人と自分の違いを考えると嫌になるので

悪友とパチンコに逃げる。

就職した最初の会社(コンビニ)では、

ノルマがあり、毎週会社が同僚たちと

営業成績を比べてくれるので、

表面上仲が良くても、内心

負けないように気を張っていた。

転職したプログマーの会社では、

私よりだいぶ若くして、優秀な

プログラマーの先輩と、

人生を踏み外して転職に失敗した自分を比べた。

失業期間中は、

スーツを着ているサラリーマンを見ては

スーツを着れなくなった自分に絶望した。

今の会社に入ってからも、3年ほど

自分にしかできない

まともな仕事がなかった。

同じ仕事を一筋に続けて

キャリアを積み重ねている人と

30代までに2回転職をして

地位も収入も2周遅れの自分を呪った。

・・・ところが、

行くあてもなくもがいていた時も幸いだったのは、

仕事柄、いろいろな人と

出会う機会が多かったこと。

それがまた、人と自分を比べたくなる

機会を増やすと同時に、

人と自分を比較するのを

「あきらめる」

きっかけをくれた。

・・・

たくさんの人に会い続けていると

必ずいつか、自分の常識では測りえない

「すごい人」

と出会うことになる。

なにをもって「すごい」とするかは

人それぞれ違うけれど、

とにかく、何かに「圧倒される」

すごい人がいる。

・頭の回転が以上に早い人
・知識が驚くほど豊富人
・ものすごい稼いでいる人
・話すのが抜群にうまい人・・・

そういう「すごすぎる人」と出会うとどうなるか?

いままで同様に一瞬、

自分との違いを比べ

「絶望する」。

でも、しばらくそういう人のそばに居続けると、

「あきらめて」

「受け入れるしかない」

と思えてくる。

「もう、比べても無駄なのだから、心臓が動いている限り、自分ができることで生きていくしかない」。

と本気で思えてくる。

背伸びしても、高すぎて届かないことが明白。

肉眼で見える最も遠い天体、

「さんかく座銀河」

の275万光年よりもはるか遠くに

離されている気がする。

それくらい離されるともう、

あきらめ、受け入れるのは簡単だった。

そこでようやく、

現実的な自分を見れるようになった。

それまでの

「前に追いつける(追いつくべき?)」

と考えていた自分を振り返ると、

背伸びすればするぼと、

できる人と自分を比べ、恥ずかしかった。

見栄を張り、嘘つきな自分が苦して、

どんどん自分を嫌いになっていた。

落ちていく自分、

小さい自分が苦しくて、

また背伸びをしては、

自分との関係を、より悪化させていた。

本当は比べる基準などないし、

比べる必要もないのに、

わざわざ、自分をく苦しめたくて

比べていたのだろう。

でも、唯一の救いは、

とことん比べ切ったところで、

「追いつけない世界があること」

を認めるのに十分な

絶望感を味わえたこと。

絶望出来たおかげで、

あきらめることができた。

だから今、昔の私のように、

自分と人を比べて

苦しんでいる人に対しては、こう思う。

「比べたければ、とことん比べればいい。絶望しあきらめざるを得なくなるまで」

あきらめられれば、

受け入れることができる。

・・・

傾聴では「受け入れる」

受容的態度が大切と言われる。

では、どうあきらめたら受容的に聴けるのか?

それは、

「聴けない自分だと、しっかりあきらめる」

「他人の気持ちなど、はじめからわからないもの」

とあきらめる。

聴けるはず(聴かねばならぬ?)

わかるハズ(わからねばならぬ?)

と思うから、苦しくなる。

外のものをあきらめるということは、

自分を内側を受け入れることと

同じ意味だったりする。

「あきらめたら負け」

と言って通用するのは、

ほんの目の前にある近くて小さい世界の話だけ。

もっと遠くて大きなモノは、

何をしても届かない。

小さな世界の中だけで、

出来る人間だと思っても仕方ない。

・・・

だから、

会社であれば、

「上司の様な顔を」

し他がる人は、たいした仕事はできない。

カウンセラーであれば、

カウンセラー様の顔をしている人は

ちゃんと聴けない。

「聴ける人と思われたい」

だけ。

その裏には、出来ないことへの

コンプレックスが隠れている。

ならば、人の話をちゃんと

受け止めて聴きたい人は、

自分の心がしがみつこうとしている

「何か」

(資格?経歴?立場?)

さえあきらめられれば、その瞬間に、

出来ない自分を受け入れた分だけ、

人の話も自然と受け入れて聴けるようになる。

【この言葉を自分に言ってみよう!】

「しっかり、あきらめる」

要するに、人と話をしながら

人と自分を比べてしまうから、

心がざわついてしまう。

話をするということは、

相手と出会っているようでいて、

実は、自分と出会ってしまうこと。

さて、あなたは何と自分を比べていますか?

そして、何をあきらめて、

何を受け入れたいでしょうか???

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