手放さずに喜ぶ

「うまく伝わらないのもマズイけれど、うまくいきすぎるのもマズイ。」

そんな危機感を感じる出来事があった。

・・・

きのうも飯田橋で傾聴1日講座だった。

正確に数え直してみたら、

12年で297回目の開催。

「ふと気づけば・・・」

というが、まさにその通り。

よくここまで続けていると、

自画自賛している。

今でこそ講座の型ができ、

カリキュラムも安定しているけれど、

ここに至るまで紆余曲折のオンパレードだった。

・伝わりにくい講座の構成になっていたり

・ワークが難し過ぎたり

・説明が下手で、参加者が怒り始めてしまったり

・自分が知りたかった内容と違うと詰め寄られたり・・・

そういう苦い経験のおかげで、いまでは

私以外の人が講座を伝えても、

ちゃんと伝わるし、大きなトラブルにならない

プログラムになっている。

それはそれで、嬉しいことと喜んでいる。

ところが、

一年ほど前に、ある問題があることに

気がついてしまった。

・・・

ある日、講座を開催している最中に、

ものすごい違和感を感じた。

講座では、途中途中で質問を受けながら進んでいく。

その回では、

「何か質問はありますか?」

と何度問いかけでも、

誰も手をあげてくれなかった。

でも、

参加者は遠慮している様子もなく、

本当に質問がないというスッキリした顔。

むしろそこに違和感を感じた。

参加者にとっては、初めて聞く内容。

「そんなにすぐに、スッキリ理解できるかな???」

個人的な感覚で言うと、

一つのことが本当に理解出来たら、

新しいつぎの疑問がわいてくることもよくある。

・今の説明が腑に落ちない
・新しい疑問がわいてくる

どちらにしても、

質問が出ないというのはおかしい。

そのとき、

参加者を見回してみたら、

ある事実があることに気がついた。

長い講座の歴史の中で、そのとき初めて

「参加者が全員、私より年下」

だった。

若い人はのみ込みが早いというのも

もちろんあるだろう。

でも、私が全員にとって年上に

「なってしまっている」がゆえに

言葉をうのみにされてしまっているような

危機感を覚えた。

その後、年上の人たちに説明しているときも

講座がうまくいけばいくほど

しばしば、似たような

違和感を感じるようになった。

私の方が年下でも、傾聴についての

経験が10年を超えてしまった。

先ほどの若者たちと同様に、

私の説明力が上がった以上に、

年齢や経歴という別の説得力が

加わってしまっているように感じる。

うまく伝わらないのもマズイけれど、

うまくいきすぎるのもマズイ。

経歴や年齢はなくせない。

最近の私の課題と関心は、

「ちゃんと疑問がわくように、どう伝えるか?」

に変わりつつある。

経験が増えて慣れてくるのは大事。

いつまでも初心者のようでは困る。

でも、

うまくいっている理由が、他人から

「言ってもらえなくなっている」

だけでは困る。

あるいは、私はそれで楽でも、

本当に相手にとって必要な

支援が出来ていなければ困る。

悲観的になる必要はない。

本来、お互いに満足できる感じがあるのは

素晴らしいことなのだけれど

うまくいっている時こそ、

何か別の問題が起きていないか

疑ってみるチャンスでもある。

うまくいっているのは素晴らしい。

でも、手放しで喜ばず、

手を離さずに喜んでいこう。

そう思う、今日この頃であります。

・・・

いかがでしょうか?

あなたの周りで、

うまくいきすぎていることはないですか???

より高いレベルに向けて、

自分を見直すチャンスです。

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10月21日東京、10月26、28日大阪
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