相談に乗るとは

「アドバイスをした程度で、相談に乗ってあげたと思えるなら、どんなに気が楽だろう」

と、思う。

定期的な面談はできる状況はなないので

募集をしているわけではないけれど、

最近、相談を受けるケースが増えてきた。

そして、重い内容が増えた。

いや、以前から心の中は重かったのに、

私自身の器が十分に話せる相手として

話せてもらえてなかっただけかもしれない。

それを話してもらえるようになった。

そういえば前向きだろうか。

・・・

いつもできるだけニコニコしているような人たちが、

実はこんな苦しみを抱えながら生きているのかと思うと、

自分はまだまだ甘ちゃんのように思えてくる。

それはともかく、

重い話になればなるほど、解決策は

これでもかというほど見つからない。

よくて、その場しのぎの対処策程度。

無力さを感じる。

そして、この無力さこそが、

相談にのる人にとって、最も大切なことだと確信する。

・・・

「結果」がよくなれば、誰だって嬉しい。

では相談をされた私は、

「いい結果を出す特殊な実力など、もっているのか?」

という話だ。

ない。

ないし、あると思ったらおごりだと思う。

他人の人生の「結果」など変えられる(決められる)

人がいるのだとしたら、その人は、神様か

自分が神様だと、勘違いしている人か、どちらか。

・・・

相談にのるというのはただ、

悩んでいるときにそばにいてくれる存在が

「必要だった」という事実について、

責任を持つことであって、

先の結果など負えるはずがない。

結果は、悩んでいる本人が受け止めるしかない。

解決できない問題を、

解決出来る顔をすれば「ウソ」になる。

本質的にはなにも解決していないのに、

表面的な現象をちょっといじっただけで

解決したと思い込めば「勘違い」。

「相談を受けたからには、解決に近づく(っぽい)応答をしないといけないのではないか。」

などと思っていたら、本当の相談にはのれない。

いま話を聴いたばかりの私が応答した「程度」で

問題が解決したらな、

その問題は初めから「その程度」の

軽い問題だったということだ。

それを、自分の実力のように勘違いしたらイタイ。

でもそんな相談者(と名乗る人)は

結構いるようにも見える。

・・・

本当に相談に乗るなら、解決できない闇の中に、

巻き込まれずに、でも積極的に身を置く。

まずこれができる人は、

素晴らしい相談相手だと思う。

「天は乗り越えられる試練しか与えない」

というが、

形ばかりのカウンセラーだった私は、

12年たって、少しはまともな相談相手として

みてもらえるようになっただろうか。

まったく、乗り越えようとは思っていないけれども、

ただ、その場に巻き込まれず

身をおいていられるから、それでいいとしよう。

【この言葉を自分に言ってみよう!】

「相談にのるときに必要なのは、出来ないことを出来ないと認める勇気」

勇気・・・というか、

自分にウソをつかないというだけのことなのだけれど、

いいことをしようと思うと、だんだん自分を見失っていく。

自分にウソをつかない、それがなかなか難しい。

<お知らせ>

個人的な心情としてカウンセラーは

世の中から減ればいいと思っているので

カウンセラーの育成には興味はないですが、

相談に乗れる人は必要かと思い、

最近、傾聴サポーター®養成講座のあと

相談に乗れる人の育成を始めています。

聴く次のステップとして、

相談に乗れるようになりたい人も、

まずは傾聴サポーターになるところから始めてください。
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http://bit.ly/2hQVgLM

 

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