やめる勇気

人間は時々面白いことを考える。

本当は頑張っても仕方ないことなのに、

もっと頑張ることで解決しようという意識になったりする。

・・・

スマホばかりいじっていてはダメだと、

電車の中に本を持ち込んで読み始めた。

ところが、ものの3分で眠気を感じた。

私は、躊躇せず、すぐに本を

カバンにしまって、眠り始めた。

実は・・・、

昔はそれが出来なかった。

本当は眠いのに、

「眠気を感じているようではだめだ」

「本を読まないといけない」

と、思い込んで、頭(こうべ)を時々

カクカクさせながらでも頑張って

読み続けようとしていた。

当然そんなことをしてページを進めたものは、

内容など一切覚えていないことは言うまでもない。

・・・

最近は学習をしたので、本に限らずなにごとも、

頑張らなければできないと思った時は

「とりあえず、すぐやめる」

習慣が身についてきた。

そこを割り切ってできるようになってからの方が、

結果的に、物事をより効率的に

進められるようになった。

そしてなにより、

出来るはずがないことを、

自分に課してガッカリするという

つまらないことで、自信を無くすことがなくなった。

「出来ない(効率悪い)から、今はやらない。以上!」

でおしまい。

「頑張ることがいいことだ」

という神話が日本に入って来てから

何千年たっているのかは知らない。

何ごとも頑張ることがいいのではなく、

のではなく、

「何を頑張るか?」

が大事なのではないかと思う。

・・・

知り合いの精神科の先生から、

面白い話を聴いたことがある。

むかしの学生の試験勉強のイメージは、

夜な夜な「合格!」と書かれた

ハチマキを頭に巻いて、甘い缶コーヒーを

片手に徹夜して頑張る。

・・・そんなようなイメージがないでしょうか。

でも、先生曰く、

「甘い缶コーヒーは脳には最悪」

らしい。

多くの人は、

「甘いもの=脳に栄養補給をする」

と信じて疑わない。

確かにブドウ糖は脳のエネルギーになる。

ところが、

缶コーヒーというのは

小さい190ml缶の中に

角砂糖4個分程度の砂糖が含まれている。

これは健康志向が強い

現代の缶コーヒーの例だから、

もっと昔のものであれば、

さらに多いかもしれない。

イメージとしては、水を飲むときの

コップ一杯に、角砂糖を

4つも入れて飲む人はいないがそれと同じ。

「目を覚ます=缶コーヒー」

と思い込んでいるけれど、

缶コーヒーに含まれるのは多すぎる。

過剰な糖は急激に血糖値を上げ、

体内インシュリンの放出を招く。

すると、

最初は一瞬目が覚めた気がしても、

30分後には頭が余計ボーっとして

勉強時間トータルでは、全く意味がないどころか

かえって効率が悪くなるといういわけだ。

もちろん、

プラセボ効果でその人が

目が覚めた気になるのは勝手だけれど、

実際には、余計過酷な状況に追い込んでから

頑張っているという、なんとも非効率な方法。

・・・

こういう美しき誤解の多くは、

そもそも人の中に、たとえ非効率でも

「頑張ることはいいことだ」

という思考のフィルター(準拠枠)があることが

影響している。

頑張れない時に、無理して頑張ることに

努力のエネルギーを使うのではなく、

頑張れないと思ったときは、

「すぐ辞める」

方に努力して似てはどうでしょうか?

ギリギリに追い詰められたらっと本気が出た

経験がある人も多いでしょう。

・・・

人間性心理学では、

「問題を解決するのは本人だ」

という立場をとる。

この文章を、

「自分の中にある、内なる力を信じ育てましょう」

のようにとらえると、

ただのきれいごとのようにしか聞こえないかもしれない。

でも個人的には、これはもっとリアルで

現実的な主張だととらえてる。

勉強も仕事も、本当にあせるまで貯めてみたとしよう。

このとき、

「問題を解決するのは本人だ」

というのはどういう解釈ができるかというと

「追い詰められたら、やるよね?」

といっているだけのこと。

内なる素晴らしいポジティブな力が湧き上がって来て・・・

なんてことは起こらない。

「ヤバイ(汗)」

と思ったらやる。

それが「問題を解決するのは本人だ」が表す一つの意味。

でも、それで、

結局やり終えられなかったらどうなるか?

という疑問がわいてくるかもしれない。

安心していい。

本当にヤバイと思うくらい焦る経験をすれば、

次回はもっと早く「やりたくなる」でしょう。

それももしならないなら、

そもそも心底ヤバイと思っていないか、

別の「やらないほうがいい利得」が

あると感じているかどちらかしかない。

「ためたら(ても)できる」

自分さえ信じられるようになれば、

効率が悪い頑張るという方法で、

無理しようすることはなくなる。

・・・

また、貯めてからやるとつい、

頑張らせたい自分の中の悪魔くんが、

「もっと早くやっておけば、もっといい成果が出たはずなのに」

と悪魔のささやきで

反省を促してくることもある。

でも、脳の原理から言うと、それも間違い。

ぎりぎり切羽詰まった時にこそ、

人間は火事場の馬鹿力が出る。

時間があっても、どうせやる気などなかったことを

一番わかっているのはあなた自身でしょう。

物理的に「時間がある」ことと

「やる気に満ちた時間がある」ことは

まったく関係がない。

まったく関係がないもの同士を無理やり結びつけて

「なんでもっと早くやる気を出さなかったんだろう」

と反省、後悔するのはもったいない。

「どうせ時間がもっとあっても、やらなかったよね!」

と切り捨てて

おしまいにしたほうが精神衛生上いい。

・・・

そもそもやる気がある人なら、

頑張ることはいいことで構わない。

でも、

そもそも、やる気がない人が

頑張ることはいいことだと思うことほど無駄なことはない。

後悔、反省しても、能力は上がらない。

脳も前向きに動かない。

努力するポイントをまちがってはいけない。

頑張ることに努力しても、

何も生み出さないどころか、

状況はさらに悪化する。

例えば、

・ダイエットは、食べるのを我慢する努力をすればリバウンドする。

→「これで満たされている」「これ以上食べたくない」脳を作る努力をするとうまくいく。

・傾聴は、言いたい気持ちを抑え込む努力をするとつらくなる。

→「言ってもいい」自由を自分に認める。「聴きたい自分をもっと育てる」とうまくいく

・部下に自分の言うことを聞かせたいと思うと、余計いうことをきかなくなる。

→部下の話をまず先に聴いて、「この上司は自分のことを理解してくれている」と思うと上司の言うことも聴きたいと思うようになる。

(親子関係も同じ)

・・・

こんな風に、自分の頭の中のロジックでは

「正しい」としか思えない方法の中に、

余計状況を悪化させていることが多々ある。

なぜこのような思い込みが起きるのかというと、

それぞれのやり方は一瞬、

我慢してやっている間だけ

「短期的には効果があるように見える」

から、ついこれこそ正しい方法だと

脳が誤って認識してしまう。

そのため、

人生の最も大きなテーマは

「我慢して、頑張る自分づくり」

だと勘違いし、修行の世界に入っていっていまう。

すると人生は苦行となる。

もったいない・・・。

出来ないことを自分に期待して、

実現しにくいほうに自分を追い込み、

修行の課題をどんどん増やしていくだけなら、

なんとも、もったいない人生だ。

【この言葉を自分に言ってみよう!】

「頑張らなきゃいけないと思ったときは、辞め時」

電車の中で本が読めなかったことが問題なのではなく、

本を読めなかったことを気にすることの方が

よっぽど問題なのです。

気にせずサヨウナラしてしまえばおしまいのことは

生活の中でたくさんあるはずです。

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