幸せは定義できる

あなたは何があれば幸せになれますか?

「幸せの定義はひとそれぞれ、様々だ」

そうといえば、もっともらしくて差しさわりがない。

でも、幸せはみんなに共通した定義が

できるような気がしている。

最近、ふと幸せを感じた瞬間があった。

・・・

たまに早く帰宅して、リビングにいたときのこと。

娘と息子は、テレビでアニメを見ながら笑っていた。

妻は、ネットの通販サイトのようなところで、

何かウィンドウショッピングをしていた。

そして、私は、特にやることもなく、その様子を眺めていた。

その時、自分が幸せを感じていることに気が付いた。

みんな「何かいいもの」を手に入れたら、

幸せになると勘違いしている。

それは、一瞬の「嬉しさ」はあっても幸せではない。

あるいは短期的で泡のように消えてしまう、

瞬間的に表れて、もう二度と思い出すこともできない

一瞬の幸せではないだろうか。

みんなに共通して言える幸せの定義・・・

それは「何かがある」のではなくて、

「不安がない」こと。

不安がないときにいつでもだれでも幸せになれる。

いいものがあることよりも

(ハーズバーグの言う動機づけ要因)、

悪いものがない(衛生要因)ことの方が、

より深く幸せに関連している気がする。

そういうと

「不安がない人なんていない」

という反論が返ってくるだろう。

私自身「老後の心配はないのか?」と訊かれれば、

「ある」と答える。

私が言いたいのは、そういう先のことを

あえて想像した時の不安の有無の話ではなくて、

今この瞬間に、考え始めれば

不安が止まらないはずの自分が、

今この瞬間、不安を感じずに

「何か」に意識を奪われることができたなら、

それは現在進行形の「幸せ」なのではないか。

考え始めれば老後の不安があるはずの私も

一人カラオケで高得点を出してやろうと

歌っている最中、老後の心配はしていない。

仕事で講師をしている最中にも、

老後の心配はしていない。

目の前に集中しているとき、

人は不幸を感じることができない。

先のことを考える「余裕」があるときだけ、

人は不幸になることができる。

・・・

先に起こりそうな不安な要素を洗い出して、

それに対処することで、不安を減らせば

幸せが増えるという思考は間違っている。

それをやればやるほど、

いつも不安を意識して生きることになり

どんどん幸せから遠ざかっていく。

人はなにがあっても、なくても、

不安がない状態さえ作れれば、

今この瞬間にすぐ幸せになることができる。

それが永遠に続くかどうか問題ではない。

「何かを手に入れる(or改善、向上)しなければ、幸せになれない」

その誤解だけ理解できれば

それだけで、幸せになれる下地が十分できる。

・・・

いまこのBLOGを読みながら、

老後の心配をしている人は恐らくいない。

あとは、一見意味不明に見える

このBLOGに集中して今の自分が

すでに自分が幸せの中にいることに気づくだけでいい。

「よいものがあれば幸せになれるはず」

という思い込みを捨てよう。

【この言葉を自分に言ってみよう!】

「今すでに私は幸せの中にいる」

すぐに幸せになれるのに、

幸せになることを、

自分で拒んでいてはいけませんね。

<お知らせ>

傾聴していま目の前の人の話をちゃんと聴くことは、

もしかしたら、相手のためになるだけでなく、

自分の幸せにつながるのかも知れません。

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