笑わない親切

子どものころから自分は

どこか人に冷たく、

人に深くかかわるのが苦手。

そう思って生きてきました。

それは、

両親が似たいような感じなのだから

わからなくもないわけでもないですが、

人なつっこく親切な人を見るとつい

たりない自分と比較してしまうのでした。

・・・

月日がたちコミュニケーションスキルや

カウンセリングを学んだおかげでこの

「親切不足」

の感覚は徐々に薄れてきました

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ならいいのですが、

実はそうでもなくていまだに

30年前に抱え始めた親切不足への劣等感は、

変わらずそのまま私の中で

生き続けているのでした(苦笑)。

・・・

週末の仕事が多く土日も

共働きの妻を休ませてあげられないため

心ばかりの配慮として

毎週火曜日は妻の休息日としています。

休息といっても仕事の後の時間が

夕方からの限られた自由に使える

というだけのことですからたいした

お休みにもならないかもしれませんね。

それはともかく、

昨日は火曜日でした。

自宅で子どもたちと過ごしていて、

ふと思ったことがありました。

家には私と子供二人だけ。

上の子は10歳、下の子もそろそろ5歳。

そろそろ寝ようかと話し始めた瞬間、

2人の子供の姿をみょうに

客観的眺めている自分がいました。

ニコニコして、かわいくて、

無邪気で、自由奔放で、

そしてわがままで・・・。

毎日バタバタ過ごしていますけれども、

客観的に見て、

「ちゃんと育ってるよなぁ・・・」

と。

いつも通りの変わらぬわが子を見ているだけなのに、

みょうに感慨深いものを感じてしまいました。

(そういう瞬間ありますか???)

それほど普段、子どもの様子をゆっくり

味わう余裕がないのかもしれませんね・・・。

そしてつぎの瞬間、

私の中のどこかから

ある言葉が湧き上がってきました。

「もう十分、親切なんじゃないか?」

その心の声を聴いた私は無意識に

手元にあったスマホで

「親切」の意味を検索かけていました。

そして、

ある辞書サイトで見つけた

言葉を見て安心したのでした。

「親切=身近に寄り添い、行き届くようにすること」

今まで私は、たくさんの人に対して

親切にできない自分をどこか責めていました。

あるいは、

赤の他人に親切にできないことも責めていました。

でもその言葉を見て親切とは別に

人数の問題でもないし、

関係が浅い人に無理してするものでもないと

気づいたわけです。

もっといえば

親切するときには穏やかな心で

ニコニコしていないといけないのかなと思っていたのですが。

必死に寄り添い行き届かせようとするなら

笑顔が消えるような必死の親切あっていいよな・・・と。

私は完璧な親ではないけれど、

笑顔でいられないこともありますが、

ちゃんと「親切」な親になっているような、

そんな気がしました。

いい意味で今まで自分が信じてきた、

親切の言葉の定義が少し変わったのでした。

これをお読みのあなたは

笑顔でいられなくなるくらい、

本気で親切をしている人、した経験はありますか?

【この言葉を自分に言ってみよう!】

「わたしはきっと親切だ」

せっかく親切をしていても、

自覚がなければつぎ使うことも、

もっと育てることもできませんね。

そしてもし親切の練習をしたいなら、

まず自分自身を練習台にして

練習をしてみてはいかがでしょうか。

・・・

かくいう私の人生は、

自分に親切にする練習をしてきた

四十数年間だったなと思うのでした。

(そしてこれからの人生も!)

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