母親の中に自分の姿を見る

大阪に出張で行ったときのこと。

大きな幹線道路沿いの歩道を歩いていたら

雑居ビルのなかから自転車押してでてきた

お母子の姿が目に入ってきた。

子どもはは2、3歳の女の子。

自転車には乗っておらず、

足を引っ張り、泣きながら歩いている。

女の子が何か言った。

「走りたくない。、走りたくない(涙)」

自転車には子供用椅子ついて

女の子はそれに乗りたい様子。

お母さんは、その言葉に返事をせず

もくもくと自転車を押して歩いている。

50mほど進んだところでようやく母は歩みを止め

自転車を支えたまま女の子に話しかけた。

「なんで約束守らないの?いたずらしないって約束したじゃない。」

・・・どうやら何かの約束守らなかった罰として

自転車に乗せないことにしたのでしょう。

その様子を見て心が痛みました。

「子がかわいそう」

「なんでひどい母親だろう」

・・・

ではなくて、

その私よりひとまわり近く若く見えるお母さん姿は

まるで10年前、いまは10歳になった娘に接しているときの

わたしの姿そのままを鏡に映しているようだった。

子供もかわいそうな気もする。

でもそれ以上に

罰を与えるという方法を選ばざるをえない

母の心情に共感を覚えていた。

でももしかしたらこの共感は、

私だけの身勝手な共感かもしれない。

このお母さんの実際は、

心など痛めてらす飄々と

平静に、あるいは、子どもへの怒りだけを頼りに

罰を与えるだけかもしれない。

でも私の心はこの母親の本心とは無関係に

勝手に自分自身とと照らし合わせて

心が痛んでしまうのを止めることはできなかった。

・・・

人は自分の中にある心のフィルターを通してしか

外の世界を見ることができない。

自分の心のフィルターが動くことを

止めることも、なくすこともきない。

無理をしてないふりを知れば

私は私の存在を否定してしまうことになる。

自分をなくせばまた苦しくなる。

無くせないならせめて、

心のフィルターが動いている自分に気づき、

その事実を所有しよう。

心から目をそらさずに、そう感じている自分の存在を認めよう。

そう思いながら、

立ち止まって話し合いをしている

母子の姿を横目で見ながら追い抜いて行った。

そしてもう後ろを振り返ることはなかった。

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