傾聴は体感を与えて育てる

傾聴の講座に来る人には、カウンセリングや傾聴の経験者も多い。

飛行機に乗ってでも、遠方からでも学びに来る姿勢に

感動すら覚えることがある。

そういう経験者の人から、よく耳にする話が、

「指導者が厳しい」という話。

その人にとっての指導者、

カウンセリングならスーパーバイザーや

カウンセリング学校の先生など。

とにかく生徒のできていないところを

厳しく指摘してき来る人がいるという。

ひどいケースだとみんなの前で泣かされた上に、

「あなたのためを思って」などと

傾聴の「け」もない、よくわからない人もいるという。

それが、一人くらいなら例外ですまされる気もするが、

似たいような話をチラホラ耳にするから怖い。

同じ業界の中が、どうなっているのか心配になる。

・・・

必ずしも、指導者が厳しいこと自体がいけないとは思わない。

(私は、会社の部下にかなり厳しい)

でも、傾聴に関わる指導者が人を泣かしたり、

傾聴を学んでいる人に対して、

落ち込ませるほど厳しいとしたら

それはもはや傾聴の指導の資格はない。

自分の中にある厳しさが、

他人に向かってしまっているとみられても仕方がない。

たぶん、これを読んでいる人の中にも、

心理やコミュニケーション系のスキルを

学んでいる人がいるだろう。

あなたの先生はどうでしょう?

受容、共感をしっかり示しながら指導してくれるだろうか?

もしそうではないと思うのだったら、

できない指導者にして、

こう思ってみたらどうだろうか?

「指導者の仮面をかぶったクライエント」

と。

私が10年来お世話になってきた傾聴専門の先生には、

先ほどのような、恐ろしいという意味での厳しさはない。

ただ、

「この人の前でうそを言っても仕方がない」

という、自分に向き合うことになる厳しさはある。

そこには受容も共感もともにある。

それで十分指導ができる。

(私が育っていると認めてもらえるなら)

泣かすような厳しさなど必要ない。

受容があればいい。

相手のためを思って言ってやる必要もない。

共感さえあれば。

指導される場所にこそ、受容や共感があるから

それが人が育つのではないだろうか。

権力欲を満たし、劣等感を埋めようと

他人に押し付けてくるのはたちが悪い。

自分の心の中の満たされないものを

指導者という仮面をかぶって

押し付けてくるならまさにクライエントではないか。

残念ながら、そういう人物の話はあとを絶たない。

他の業界のことは知らない。

でも、心理やコミュニケーションの世界に限っていえば

指導者と名乗る人から、受容されている感覚、

共感される感覚を感じられないなら、

そこでは傾聴は学べない。

いますぐ自分の心の声のまま、正直に

迷わずその場を離れることをお勧めしたい。

そうすれば

プライドが高く、権力欲が強い

仮面をかぶった他人の感情の責任をとらされることなく

きっと自分を守ることができる。

危険な指導者から離れよう。

【この言葉を自分に言ってみよう!】

「自分で、自分を守ろう」

心理学ブームならではの時代の問題ですね。

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