泣きやむ理由

親切をしてあげたい欲求は、

親切をしてもらいたい欲求の

裏返しの表現だったりする。

以前、ゲストをお招きして講演会を開催したときのこと。

ゲストのみによる講演会で、

私は話すことなく、完全に裏方に徹していた。

そこに、3人で来てれたお客さんは、

お母さんと一歳半くらいの赤ちゃん。

そして、おばあちゃんが一緒だった。

入場するときにお母さんが

受付をしている私にいった。

「子どもが騒いだら、迷惑にならないよう外に出ますので・・・」。

子どもが騒ぐことを心配しながらも、

ここに来てくれたことに感謝した。

・・・

講演が始まってしばらしたら、

予想通り赤ちゃんが、ぐずりはじめた。

家族をテーマにしたイベントということもあり、

他の参加者は別段、気にしている様子はない。

でも、お母さんとおばあちゃんは

気が気ではなくなっていた。

娘(赤ちゃんのお母さん)に話を

聞かせてやりたいと思ったのだろう。

おばあちゃんが赤ちゃんを預かり、あやし始めた。

ところが、ぐずりはおさまるどころか

むしろひどくなった。

そうこうしているうちに、

たまたま休憩時間になった。

ふたりはホッとした様子だった。

赤ちゃんを私が預かろうと近づき、声をかけた。

「私が面倒見ますから、お二人はどうぞ講演を聞いてください」

するとお母さんは喜んでくれたが、

おばあちゃんは、心配そうにこう言った。

「この子、母親以外になつかないんです・・・。」

たしかに先ほどの様子を見ても、

赤ちゃんはお母さんだけがいいようだ。

でも私は、根拠ない自信があった。

「たぶん、大丈夫です。」

そして、おかあさんから赤ちゃんを預かった。

すると赤ちゃんは、一瞬きょとんとした表情で、

私の顔を見たが、泣くことはなかった。

その様子を見て一番驚いたのは、おばあちゃんだった。

「・・・えっ!うそ!泣かない」

おそらく、日常生活も、

おばあちゃんがあやしてあげる場面が多いのだろう。

そしてそれは、あまりうまくいっていないことが分かった。

なのに今日会ったばかりの赤の他人が抱っこして、

泣かれないのだから、たまらなかったに違いない。

心中複雑であると察した。

驚く姿から、おばあちゃんが、

「受け入れてもらえない、私って何だろう」

と無意識に感じている表情が読みとれた。

ちょっと申し訳ない気もした。

たまたま今回だけ、赤ちゃんは

泣かなかっただけかもしれない。

でも、なぜおばあちゃんのときは泣き、

私のときは泣かいのか?

私なりに勝手な確信があった。

おばあちゃちゃんはきっといつも

抱っこするときに、こう思っているのではないだろうか。

「泣かないで」

「笑顔を見せて」

それは自然な感情だと思う。

ところが私はそうはまったく思っていない。

「どんどん泣いていいよ」

「泣いていても、抱いているから安心して泣いて」

と、想い方に違いがあった。

おばあちゃんは娘(おかあさん)に、

講演を聞かせてあげたいと思った。

私は、おかあさんとおばあちゃんの二人に

聞かせてあげたいと思った。

聞かせてあげたい思いに違いはない。

してあげたい思いは同じでも、

おばあちゃんと私には、決定的な違いがある。

おばあちゃんにとって孫は宝物だろう。

逆にいえば、その宝物から

受け入れてもらえないのは辛いことに違いない。

だから、必死に「泣かないで」「笑って」と

ポジティブな反応をもらいたくなる。

でも私は、赤の他人だから、

この赤ちゃんに受け入れてもらえれば

それはそれで嬉しいが、

受け入れてもらえなくても、別に困らない。

おばあちゃんほど切迫していない。

その分、心に余裕が出る。

おばあちゃんは、親切であればあるほど余裕がなくなる。

・・・

結局、赤ちゃんをかわいがるという行為は、

赤ちゃんをかわいがっているように見えて、

実は、自分をかわいがってもらいたい

だけなのかもしれない。

笑顔になってくれないと、

自分が無力だと感じる。

こちらの自己肯定感が下がっていまう。

だから、相手に笑顔になってもらうことで、

自分が笑顔になりたいのではないだろうか。

それがいけないこととは思わない。

でも、満たしたい欲求の違いが、

相手に対する需要の態度に微妙な変化をもたらす。

私が赤ちゃんに

「泣いててもいいよ」

と、ありのまま受容できたのは、

私が自分に対して、

「泣くのを止められない、私でも大丈夫だよ」

と、出来ない自分、足りない自分を

受容する準備ができていたからに過ぎない。

抱っこする前に感じていた勝手な自信は、

「赤ちゃんに泣かれても、自己肯定感が下がらない自信」

だった。

この出来事から3つのことを学ぶことができる。

1つめは、

家族であれ、誰であれ、

他の人を受け入れたいなら、

相手と同じ気持ちになるのではなく、

むしろ心理的に自分と相手の間に

明確な境界線があるほうが、寄りそいやすいということ。

相手に自分と同じ気持ちを要求すれば、

人間関係はぎくしゃくする。

・・・

2つめは、

誰かに何かしてあげるときは、

それをしたくなる、裏にある心理的動機(欲求)が何か

気づきながらしたほうがいいということ。

表面的に、赤ちゃんをあやしたいと見える欲求は、

裏面では「私を受け入れて欲しい」だったりする。

治さなくていいから、気づきながらするだけで、

自己肯定感に与える悪影響はだいぶ減る。

・・・

3つめは、

他人を受け入れるためには、その前に

自分を受け入れていなければできないということ。

人は、自分を受け入れる程度にしか、

他人を受け入れることができない。

他人から認めてもらうことも励みになるが、

他人は私ほど私のことに関心はない。

自分で自分を受け入れよう。

【この言葉を自分に言ってみよう!】

「人は、他者との関係を通して、自分を見つめているだけ」

息子も大きくなり、小さな赤ちゃんを

抱っこすることもない私にとって、

大泣きしていた小さな天使を抱っこした瞬間は、

それだけで幸せだった。

もしかしたら、私の幸せが、

小さい天使にも伝わったのだろうか。

家族は身近な分、大変だけれど、

心の距離感をもう一度、見直してみよう。

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